こんにちは。株式会社MonotaRO CTO-Office AI駆動開発チームリーダーの市原です。
先日、2025年6月24日に開催されたFindy様のイベントにて、「モノタロウのAI駆動開発 Cline編」というテーマで発表させていただきました。今回は、その内容をベースに、私たちがClineを200人規模で導入し、運用してきた実体験をお伝えしたいと思います。
なぜモノタロウはClineに着目したのか
モノタロウでは、AIの登場をインターネット登場に比肩する変革と捉えており、「大きく導入、後から検証」という方針で全社的にAI活用を推進しています。
具体的には、GitHub Copilot、Devin、Cursor、Windsurf、ClineやClaude Codeなどを中心に比較的広く実践しながら試していっているところです。
それぞれのツールのステータスは次のような状況です
- GitHub Copilot : 2023年に全社導入済
- Devin: 2025年1月から利用開始、現在は月に700本以上のPRをDevinが作成
- Cursor: 2025年2月から評価開始、現在利用者拡大中
- Windsurf: 現在評価中
- Claude Code: 希望者を中心に今月(2025年6月)から小規模に利用開始、状況観察中
- Cline: 2025年1月から利用開始、200名以上のユーザーにAPI Keyを発行
Clineに注目した理由は主に3つありました。
まず、VS Code拡張として提供されているため、開発者の既存ワークフローに組み込みやすく導入のハードルが低いこと。次に、API Keyを発行すれば良いので、小規模な準備コストで試行できること。そして、当時からのコミュニティの熱量とエコシステムの発展が期待できる状況だったことです。
2025年1月に20名ほどの開発者にAPI Keyを発行してスタートしましたが、希望者がどんどん増え、3月には100名弱、5月までには250名ほどに拡大しました。AnthropicのAPIキーを1人1キーで配布することで、利用状況の可視化も実現しています。
Cline導入の現実 - 数値とユーザーの声
実際に運用してみた結果は、期待と現実が入り混じったものでした。社内アンケートではAIツールの中で人気No.1を獲得し、多くの開発者から生産性向上を実感する声が寄せられました。5月時点でのコストは約6,000ドル(Anthropic API)です。
興味深いのは、組織全体でのPR作成数には変化がなかった一方で、上位30ユーザーは明確にPR数が増加していることです。つまり、使いこなしている層とそうでない層で明確な差が生まれています。
利用者からは「新規スクリプト作成が圧倒的に早い」「調べる時間が短縮できて生産的」という声がある一方で、「生成されたコードがそのままでは動かない」「PRレビューのコストが増えた」といった課題も浮上しました。
ここで重要な学びが得られました。単にツールを配るだけでは全員の生産性は上がらず、使いこなしの格差をどう埋めるかが重要な課題だということです。
使いこなしの格差を埋める取り組み
開発支援ツール共通の課題として、上位2割のユーザーだけが明確に成果を出すという「パレート分布」のような現実に直面しました。例えば、ある開発チームではPR数が3ヶ月で3倍に増加した一方で、変化が小さいチームも多数存在していたのです。
この格差を埋めるため、私たちは3つのアプローチを実施しています。
AI駆動開発トレンドラボでは、社内活用事例や最新情報を共有する場を2ヶ月で6回実施し、のべ300人以上が参加しています。
DOJOでは全開発者のAIリテラシー底上げを目指し、特定ツールの使い方ではなく考え方を学ぶ場を提供しています。
そして各チームにAIエバンジェリストを配置し、現場が主体的にAIを開発フローに適応できる体制を構築しました。
これらの取り組みについては、以前のテックブログをご参照いただければと思います
AIが真価を発揮する条件 - 成功事例から学ぶ
私たちの取り組みの中で特に注目すべきは、商品情報管理チームでの成功事例です。このチームでは、非エンジニアメンバーがClineを活用してPRをバンバン出すという、まさに「生成AIが拓く新たな開発層」を実現しました。
より詳細な内容については、先日の弊社の流川のテックブログで解説されていますので、こちらもぜひお読みください
なぜこのチームがうまくいったのか。観察すると、強いエンジニアが開発方法の手順化やドキュメント化、オンボーディングを強力にフォローし、CIにAIレビューを導入し、AIが参照できる開発ドキュメントを整備していたことが重要だと感じます
つまり、AIは魔法の杖ではないということです。AIが真価を発揮するには、使いやすい技術スタック、充実したドキュメント、CI/CD、テストといった基盤が不可欠で、結局のところ高品質なエンジニアリングがAI活用の前提となるのです。
私たちが目指すのは「AIとの共進化」です。AIと人間が互いの特性と限界を理解し、相互に影響を与え合いながら、共に進化して開発プロセスを変え続ける関係を築くことが重要だと考えています。
変化し続けるAI時代を生き抜くために
「私たちは来年もClineを使っているか?」という質問に対して、正直に答えると「さっぱりわからない」です。
AIツールの進化は非常に速く、Devin、Cursor、Windsurf、Claude Code、GitHub Copilotなど、既に多くの選択肢が存在し、さらに新しいツールが登場し続けています。
一方で、AIにコーディングのより多くの部分をやってもらうという、仕事のパラダイムの変化自体は不可逆で受け入れるべきものとなります。
だからこそ重要なのは、特定のツールに固執するのではなく、どんどん試し続けることです。AI時代の大きな不可逆の変化の中で試されているのは、私たち自身が迅速かつ柔軟に変化できるかということなのだと考えています。
今後も、AI駆動開発の実践を通じて、この変化の時代を楽しく乗りこなしていきたいですね。
登壇資料
今回の内容についてより詳しく知りたい方は、下記、登壇時の資料もご参照ください。
「モノタロウのAI駆動開発 Cline編 - Clineを200人で試してみた件」
AI駆動開発の導入を検討されている方の参考になれば幸いです。
発表時のご質問にお答えします!
Claude CodeとClineを比べた時のメリットがあれば知りたいです
Claude Codeはここ最近急速に注目を集めているツールで、まさにバズっているといえます。かく言う私も、徐々にClaude Codeの利用が増えつつあります。
Claude Codeのメリットは、その指示への追従性もさることながら、ターミナルとの親和性、GitHub Actionsとの統合のしやすさなど、エンジニアが欲しい機能が詰まっていることにあると思います。
一方で、ClineやGitHub Copilot、CursorなどIDE統合されたツールの良さは、そのユーザーインターフェースが広いユーザー層に親和性が高いことです。
つまり、ターミナルを我が家と感じるのはほぼソフトウェアエンジニアだけなので、企業として導入を考える場合には、より広い層に配布して誰でも使いやすいインターフェースであるのは有利な点だなと思っています
もちろん、今後のClaude Codeの進化からも目を離せません。
コストを想像以上に使った方にブレーキはかけていますか?
現時点ではかけていないです。月に数万円以上使っているメンバーは実際に存在していますので、今後問題になっていくとは思います。
例えば、CursorやClaude Maxプランのような定額制への移行を促す可能性は考慮していて、会社としてのコスト最適は検討中です。
一方、会社全体で平均すれば説明可能な金額範囲におさまっているので、それで生産性が十分上がるのであればペイできると考えています。
Cline配布の際に配布対象のエンジニアのレベル感は考慮しましたか?
考慮しませんでした。
一つには今後エージェンティックコーディングは普通のこととなるので、エンジニアの標準スキルとなるであろうことがあります。そのため、会社全体としてのレベル感によるガイドラインは設けていません。
また、開発チームごとにそれぞれの事情があると考え、各チームのマネージャーやリーダーに判断を一任しています。
タスクを細かく分けるみたいな当たり前の使い方はどうやって落とし込みましたか?
これが現在の「当たり前」というような定義はまだできていませんが、先述の「AI駆動開発トレンドラボ」や「DOJO」といった場でテクニック・事例等で浸透をはかっています。
「仕事力」みたいなものをより具体化すると良いのだろうなという感想は持っています
Memory Bank ってどう?
便利な発想だなと思いつつ、実は私はそれほど使いこなせていません。。。
社内を観察してもMemory Bankを使っている人は不思議と多くないような感じがあります。
それよりも .clinerules や Cursor Rules に規約やレビュー観点、プロジェクト構造やテスト方法などを整備していくことが大事だなというのが今のところの感想です。
各ツールで、メモリー機能やチャットセッションのコンパクション機能なども増えつつあるので、記憶として保持すべきこととドキュメント化すべきところは幾つかのレイヤがあるのかもしれませんね。
JetBrainsのJunieは試されましたでしょうか?
モノタロウではVSCode系がメインになっていることもあり、試せていません。
社内要望があればチェックしていきたいと思っています。
複数人開発時で個々のClineが独自のコーディングスタイルにならないような工夫はされましたか?
会社全体としてはやっていませんが、原則的にClineなどの導入はチーム単位で進めてもらえるようにしています。
結局テストやPRレビューを経てマージしていく過程には変わりはありませんので、現場レベルの課題として落とし込めると思います
エンジニアに求められる役割はどのように変わると考えますか?
ソフトウェア開発や保守・運用といったことへの専門性を高めること、業務のやりたいこと(WhyやWhat)をソフトウェアの言葉に変換する能力、できたものをメンテナンスし続けるための仕組みを作る力が重要になると考えています。
「やりたい」を認識する力、それを表現する言語化能力、実現に導くパッションは大事だと思います。
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モノタロウでは一緒にAI駆動開発を推進していく仲間を募集しています。もしご興味がありましたら、ぜひお気軽にお声がけください。